奪七襄之妙


『滄溟先生尺牘』筆者蔵

   與謝九式
僕也惰夫何足與言詩而辱足下誼甚高即未能一和已又無一介之使稱至意而猶見屬不置重之錦篇經緯繁宻直奪七襄之妙者絢然盈目何以得此於執事乎然不佞聞之襲君足下才力可以無遠不造而尤不棄芻蕘之見斯不佞之所有效於左右者也文有所必不可至語有所必不可強與其竒也寜拙漸近自然斯公輸當巧而不用者也此或有當於足下哉郵無正以輕車良馬上下九折坂無不極材盡技矣假令改轍乎康衢之間何有於一日千里也然後乃今芻蕘於足下雖謬不恤焉<『滄溟集』>


古文書の勉強は佳境に入り、本邦を飛び越えて大陸の古文書を読むようになりました。
他人は佳境などゝ言わず、病膏肓に入ると言うでしょう。

今日は新暦の七夕、よって滄溟先生謝九式に與ふる文をこゝへ。
『滄溟先生尺牘』の三通目に列し、文学的教養ゼロの私に、修辞というものを分からせて呉れた感慨深い一通です。(この一通、しかのみならず「不棄芻蕘之見」「改轍乎康衢之間」あり、際立っています)

重之錦篇經緯繁宻直奪七襄之妙者絢然盈目
言はたまわる所の錦篇は經緯のたてよこ、繁密と、きめこまかなること、そのまゝ織女の終日に七襄(かへり)の錦を織玉へると云ほどの妙なるを奪ふばかりにして、絢然とまたらかに、目に盈と也、畢竟は九式か贈れる、詩文を称美するなり<滄溟先生尺牘國字解>

跂彼織女、終日七襄<詩経>

要するにいかに称するか、そこに知識と感性とが表出するようで、味わい深いと言いますか、それこそ經緯繁密として、”あや”を為すこと正しく”文”というに相應しいと感じられます。
とはいえ、滄溟先生の尺牘は終始この調子ですから、解説無くして意味を解せず、よほどの知識人でなければ、調べずして読むことなど出来なかったのではないでしょうか。

頼山陽先生の書翰にもこういった所がありますね。分らぬ相手には言わないけれども、分る相手にはどんどん修辞を放り込む。きっと記憶に漢籍を網羅している賢人は、たちどころに文意を理解したのでしょう。尤も滄溟先生は後世に残ることを意識して作文し、山陽先生は日常のやりとりとして認めたという差異はあるかと思います。

頃者ようやく『滄溟先生尺牘』上中下を一読し終え、これに一か月ほどかゝり、数日前二読に掛りました。
このため更新より遠ざかり、書きたいことは積るばかりです。
今回は七夕ゆえに「奪七襄之妙」を取り上げましたが、読んだ90通の中、尤も心に響いたのは「非假日月其奥難窺」、次に「一玉衡天光發新可使復起」でしょうか、どちらも贊辞です。これはいずれ機会あれば。