上巻に掲載の分、後ろから順に行き、いよいよ山陽翁の若いときの書翰です。
若いときの書翰は大体読みやすいように思っていましたが、どういうわけか読みにくかったです。
この記事を書くとき、いつもは答を見る前に書くところ、今日は答え合せを済ませてからの記述です。
已に結果を知っているので、答に進みます。
中々おもしろい結果です(写した後に一字再検討)。
答案990字中、誤読25字(2.52%)、保留6字。
翻って、本の刻者は誤読42字(4.34%)に達しました。半数の21字は丸ごと脱落です。
これまでもしばしば書翰集中の誤字脱字を目にしましたが、今回は相当です。特に脱字・倒錯が目立ちました。三間餘にもなる長々文のためお疲れだったのでしょうか。
「卒遽」、たしかに「遽」字です。
「是乍併」、「是」字は字上になにか違和感を覚えましたが良さそうです。
「愚父差圖に御座候」、さすがに「御座候」ではないと思います。「にて」で良いかと。
「若年」、答の「若」字、正しくは「昔」字です。
「粉骨砕身」、明らかに「砕」字ではないのです。私は、取り敢えず尤も字形の近い「虀」字にしました。
「假令」、「令」字はそういう形に見えなかったです。
「傷り」、なにか損なう意味合いの言葉だと分ってはいましたが、「傷」字に至らず。
「奉仰願」、「仰」字は盲點でした。
尚々 「奉存候間」、なぜ「間」字がこれほど離れるのか、惑わされました。この書翰、よほど意氣込んで書かれたものらしく、時々変なところで筆が止るのはその所為かと思います。
「義申上」、「申」か「之」か悩みます。ほかのところも同様に誤り。
「如此に候」、「にて」として誤りなのでしょうか?どうも不審です。
「心悪く」、思っている「悪」字と違いました。
「乍憚」、刻者は「憚」字にしていますが、これは「懼」でしょう。
山陽翁の書翰を読む、いよいよ最後の一通を残すのみです。